アフグル番外編 ジェンベ日記  

どこまで教えるか?

2月18日の吉祥寺クラスは、初級でティリバ2回目、経験者でギダンバ3回目。ギダンバでは、ロールを使ったかなり難しいフレーズをやりました。ほとんど、そのフレーズしかやれなかったのだが、それでも皆さん、時間内になんとなくできるようになって、正直、すごいなあと思いました。…やっぱり教えかたが良かったのかなあ(笑)。
ただ、トリッキーな、すごいけどわけわかんないフレーズやリズムを「こうやって取るんだ」って、先に答えから教えていくやり方は、最近、疑問を感じてもいるんです。
というのは、そういうフレーズを演奏できるためには、ハンドリング、音質、そしてリズム感覚がそのレベルまで行ってないといけないんです。トータルに演奏レベルが上がってる必要がある。
だから、トータルなレベルがそこまで行ってないのに、取り方だけアタマでわかっても、駄目。これは叩くと似て非なる別物になってしまう。しかも、そこまで感覚が上がってないから、叩いてる本人はそれに全く気づいてない、ということになる。
これはいくら注意してもダメなのね。その人がいくらまじめに取り組んでても、感じてないことを注意されてるわけだから、直せるわけがない。
これは正直、教えた後、ちょっぴり虚しいです。誤解を広めてるような気すらしてくる。
反対に、ハンドリング、音質、リズム感覚、経験などが相互に作用しあって、演奏の総合力が高まっていくと、そうした難度の高いフレーズも、あるとき自然に聴き取れ、何をやってるかがわかるようになる…と思うんですよね。
そう考えていくと、その人その人のレベルによって、教えることが変わって当然だし、その人の演奏レベルが変わらなければ、先を教えても、あまり意味が無いとも言える。
あとですね、私の経験で言うと、長い間、憧れてたけど、できなかったりわからなかったらだったリズムやフレーズが、あるときふっとわかってできるようになる瞬間って、すごい感動なんです。「ああ~っ!そうかそうだったのか!あのとき先生はこれを言いたかったのか!?オレは今まで、いったい何を聴いていたんだ~!?」みたいな。もっともそういう革命的発見があると、その瞬間以前の自分の演奏の録音は、もう恥ずかしくて聴けなくなるんですが(笑)。
話がそれちゃったけど、言いたいことはですね、私が答えを先にクラスで見せちゃって、せっかくの感動を味わうチャンスを奪ってるとしたら、悪いじゃないですか。人生の楽しみを奪ってるような。せっかく、こんな面白いものに取り組んでるのに。
逆に、機が熟した頃を見極めて、一歩先のことを伝えてあげられたとき、これはすごいです。感動と理解と、音世界の広がりの爆発的連鎖反応というか、ちょっと大袈裟に聞こえるけど、その人の中では、それくらいのインパクトがある。そういうときは「この人を教えてて良かった~」と素直に思います。まあ、なかなか無いことですが。
オープンなドラムクラスという形式では、そういう教えかたは難しいんだよね。もちろん、みんなで一緒にやるのは、それはそれで良いところがあるのだが。
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by afgroove | 2007-02-21 14:04
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ジェンベ、アフリカンダンスその他音楽、リズム、身体にまつわる四方山話と日記
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